鬼木笑(えみ)アナウンサーのwiki・大学や年齢【バドミントンがうまい】

バドミントン小椋久美子選手の人生を変えた鬼木笑(おにき えみ)アナウンサーがかわいい。と話題になっています。

「あいつ今何してる」でバドミントンがとてもうまかった鬼木笑(えみ)アナウンサーが登場しました。


鬼木笑(えみ)アナウンサーは大人の女性でかわいい、というのもありますが真面目で努力家です。

ここでは鬼木笑(えみ)アナウンサーのwiki風プロフィール。大学や年齢、そして現在の仕事についてご紹介します。

・鬼木笑(えみ)のwiki風プロフィール


鬼木笑(えみ)のwiki風プロフィール

  • 名前:鬼木笑(おにき えみ)
  • 生年月日:1983年2月14日
  • 年齢:35歳(2018年)
  • 血液型:B型
  • 身長:164cm
  • 出身地:東京都小平市
  • 趣味:手話、ゴルフ

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・鬼木笑(えみ)の経歴・バドミントン


鬼木笑(えみ)の経歴・バドミントンがうまい

小学校3年生のときに同級生が通っていたバドミントンクラブに参加。楽しかったので東京都の強豪チーム「小平ジュニアバドミントンクラブ」に在籍し、本格的にバドミントンを始める。

小学校4年、5年、6年の東京都の大会でシングルスで優勝。小学校6年のときには個人戦で全国でベスト8になる。

スポーツ特待生として日本橋女学館中学校へ進学。(2015年に開智日本橋学園中学校へ名前を変えている)

中学1年生のときに東京都の新人戦シングルスで優勝。

中学2年生のときに岩手県で行われた全国大会の4回戦で小椋久美子さんと対戦。セットカウント2対0で小倉さんの勝利。

中学卒業後、私立八王子高等学校に進学。(2012年に八王子学園八王子高等学校に変わる)

高校3年生のときに東京都大会の団体戦で準優勝、個人戦で3位の高成績を残す。

卒業後はスポーツ推薦で、全国大会常連校のつくば国際大学へ進学。

大学2年のときに、バトミントン選手を引退。

26歳のときに秘書としてNHK横浜放送局と契約。

NHK横浜放送局で秘書をしながら総務の仕事を行う。あるとき、会議の内容記録時に視聴者から「もっと地域のことを伝えてほしい。地域にいっぱい宝物があるのに伝えきれていない」と言われ、課題を感じる。

そして、それを自分がやろうと決意する。手っ取り早く結果を出すにはキャスターがいいと考える。

29歳のときに秘書をしながらNHK主催のアナウンサースクールでキャスターになるための勉強をする。

32歳のときにNHK新潟放送局でキャスターになる。自ら企画と構成を行い視聴者の生活に役立つ情報を発信する。

34歳のときに障害がある人たちでもスポーツができることを伝えたいと思い、それを企画して番組を作る。

35歳のときにNHKとのキャスター契約が終了。その後、株式会社エムエーディープロダクションで、プロデューサーの仕事をしている。

現在は、プロデューサー、キャスター、アナウンサーとして頑張っている。

・鬼木笑(えみ)が小椋久美子の人生を大きく変えた


鬼木笑(えみ)が小椋久美子の人生を大きく変えた

鬼木笑(えみ)さんが中学2年生のときに、全国大会で小椋久美子さんと対戦しました。

東京都代表:鬼木笑(えみ)
三重県代表:小椋久美子

鬼木笑(えみ)さんは小椋久美子さんより1学年上です。


この試合に、三洋電機(とても強いチーム)の監督が観に来ていました。そして小椋久美子さんは鬼木笑(えみ)さんに勝利し、チームに戻り喜んでいる姿を見て「あの子は化ける」と感じました。

そして、小椋久美子さんを三洋電機に入れたいと考え、大阪の四天王寺高校で勉強させてほしいとお願いし、入学するときに卒業後は三洋電機に入社させたいと話したそうです。

中学→四天王寺高校→三洋電機 と、三洋電機の監督が小椋久美子さんのルートを作りました。

小椋久美子さんはこの試合で鬼木笑(えみ)さんに勝ってチームメイトと喜び合っていなかったら、人生は変わっていたかもしれません。

潮田玲子さんと三洋電機でいっしょにプレーをしなければ「オグシオ」ペアは生まれなかったかもしれません。

小椋久美子さんは鬼木笑(えみ)さんとの対戦が人生を大きく変えた大切な試合だったと話していました。

・おわりに、


鬼木笑(おにき えみ)さんと小椋久美子さんの間にこんなことがあったんですね。

いままで、鬼木笑(えみ)さんのこういう話は聞いたことがなかったので感動しました。

現在、小椋久美子さんもキャスターの仕事をしています。いつか二人がいっしょに仕事するところを観たいな。って思いました。


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